ボートレースの歴史とは?日本での誕生と現在の姿

ボートレース好きと名乗るからには、ボートレースの歴史を知らないわけにはいかない!

と思ったので、改めてボートレースの歴史について学んでみました。

約70年の歴史の中で誕生から現在に至るまで、特にポイントとなる点をまとめてみたので、参考になれば嬉しいです。

目次

ボートレースは日本生まれの競技

ボートレースは、日本生まれの公営競技です。

競馬など、他の公営競技と比べると歴史は一番浅く、1952年(昭和27年)4月に誕生しました。

日本以外では、2014年から日本お隣の国・韓国でもボートレースが競技として行われています。

70年近くある歴史の中で、ボートレースはさまざまな制度の取り入れや廃止を行い、変化を遂げています。

最近の大きな変更点でいうと、2012年に持ちペラ制度が廃止されたことでしょうか。

さらに最近でいうと、2020年11月に男子選手の最低体重基準値が51.0㎏から52.0㎏に変更されました。

たかが1㎏と思うかもしれませんが、艇界のプリンスと呼ばれた今村豊選手の引退のきっかけになるほど、選手にとっては影響の大きな変更でした。

ちなみに、ボートレースのバイブルとも言える漫画「モンキーターン」では、持ちペラ制度に関わる描写がところどころで描かれています。

現在のボートレースとはルールが異なる部分もありますが、相変わらず良い漫画…と、話がそれてしまいましたが、歴史の話に戻ります。

ボートレースの生みの親「笹川良一」

ボートレースの生みの親は、日本の政治運動家であり、社会奉仕活動家である笹川良一です。

日本におけるボートレースの開催や投票券、払戻金などボートレースに関わる事柄を定めた法律「モーターボート競走法」は笹川良一によって構想されました。

笹川良一がたまたま手に取ったアメリカの情報誌にモーターボート競走の写真が掲載されており、それに興味を持ったことがきっかけとされています。

ボートレースは地方財政を救う

ボートレースは、戦後経済難に陥った地方財政を救うために行われるようになりました。

全盛期は2兆円以上の売上高を記録したものの、現在のボートレース1年間の売上金は約1兆円ほど。

売上金の75%は的中払戻金として使用され、残りの25%は日本財団への交付金・造船事業の復興・交易事業や福祉事業への協力金、地方公共団体の地域復興支援などに使用されています。

かつての人気を取り戻すべくさまざまな取り組みを行いながら、ボートレースは現在でも地方財政の改善に貢献しながら、多くの事業復興に寄与しています。

ボートレース発祥の地「ボートレース大村」

1952年(昭和27年)4月6日、長崎県大村市にあるボートレース大村(旧・大村競艇場)で、はじめてボートレース競技が行われました。

今は6艇で行うことが当たり前のボートレースですが、かつては7艇や8艇でのレースも行われていたようです。

また、レースで使用するボートにも「ハイドロプレーン」と「ランナバウト」の2種類が取り入れられていましたが、ランナバウトは旋回時に危険が伴うとされ1993年に廃止となり、現在のレースはハイドロプレーンだけで行われています。

現在、北は群馬県・ボートレース桐生から南は長崎県・ボートレース大村まで、日本には全部で24カ所のボートレース場があります。

365日、毎日どこかのレース場で熱く激しい戦いが行われています。

ボートレース界で語り継がれる選手

どんなスポーツにも必ず存在するレジェンド的な存在。

ここでは、ボートレース界で今後も語り続けられるであろう、2人の選手をご紹介します。

ボートレース界の艇王・彦坂郁雄

1959年にデビューした彦坂郁雄(ひこさか いくお)は、現役時代「艇王」の異名で呼ばれた元ボートレーサー(旧・競艇選手)です。

●期別勝率第1位回数(20回)
●連勝記録(37連勝)
●SG・G1等の重賞レース優勝回数(77回)

上記のような歴代最多記録をはじめ、ボートレース界の大記録を数多く樹立しています。

1988年に整備規程違反により1年間の出場停止処分を受けたことをきっかけに引退するまでの間、ボートレース界のレジェンドとして君臨していました。

ボートレース界の不死鳥・植木通彦

植木通彦(うえき みちひこ)は、1986年にデビューを果たした元ボートレーサー(旧・競艇選手)です。

生涯獲得賞金は22億円を超え、歴代3位の記録を持っています。

デビューから3年目、1989年にボートレース桐生(旧・桐生競艇場)でのレース中に転覆した際に、後続艇のプロペラに顔を切り刻まれ、重症を負いました。

半年後の復帰戦であえて重症を負ったボートレース桐生を選んだことから、不死鳥という異名を取ったことでも有名です。

2007年7月、突然の引退表明を行い現役生活に幕を閉じましたが、現在は一般財団法人BOAT RACE振興会のボートレースアンバサダーとしてご活躍されています。

「競艇」から「BOAT RACE」へ呼称統一

ボートレースが誕生した当初は「ボート」や「ボートレース」、「モーターボート競走」など、呼称が複数あり統一性がありませんでした。

呼称に統一性を持たせるため、1997年度には呼称を「競艇(kyotei)」に統一、2010年度には呼称が変更となり、「BOAT RACE(ボートレース)」に統一されました。

競艇からBOAT RACEに変更したことに伴い、競艇場はボートレース場競艇選手をボートレーサーと呼び名を変更しています。

現在CMなどのメディア放送が多いのも原因の一つかもしれませんが、「競艇」呼称の頃と比べて「BOAT RACE」呼称の方が親しみがあるように感じます。

呼称変更もまた、かつての人気を取り戻すための取り組みなのかもしれません。

まとめ

今回は、ボートレースの歴史として、日本での誕生から現在に至るまでのポイントとなる点をまとめてみました。

ボートレースに興味を持ってこの記事を読んでくれたり、この記事をきっかけにボートレースに興味を持ってくれる人がいたら嬉しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人

東京在住のアラサー派遣OLブロガー
足元を固めて自由になることを目標にブログや副業を頑張っています!

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